「アジェンダ乗っ取り型連立」という新しい政権モデルの可能性——エンジンは自民のまま小党がハンドルを握るという世界線

2025年10月、日本政治に大きな転換点が訪れました。長年にわたり政権を支えてきた自民党と公明党の連立が、政治資金問題への対応や、高市早苗氏(※現時点では総裁ではない)の右派的な姿勢への懸念から、解消されたのです。これにより、衆議院で単独過半数を失った自民党は、政権維持のために新たなパートナー探しを迫られました。

このような状況下で、中道勢力として注目を集めているのが国民民主党(DPP)です。国民民主党は、2024年に行われた衆院選で28議席を獲得し、第4党へと躍進しました。彼らは「手取りを増やす」「積極財政」といった生活者重視のスローガンを掲げ、「令和の所得倍増計画」と称する基礎控除引き上げなどを柱とした政策を提示しています。党首の玉木雄一郎氏は、「連立参加はしないが、政策が一致すれば協力する」という「是々非々」の姿勢を鮮明にしています。

こうした政治状況を踏まえ、日本政治における新たな「連立の形」として、「アジェンダ乗っ取り型連立」というモデルが現実味を帯びています。もちろん、その可能性は針の穴を通すほどかもしれませんが。

これは、連立政権において、小政党が「政策議題」を主導し、大政党はそれを実行する「エンジン」に徹するという構造です。歴史的に見れば、公明党が国土交通省を掌握し、公共事業や社会保障、平和主義の維持などで政権の方向性に影響を及ぼしてきたように、現代の政治においては、単なる議席数ではなく、「政策議題を設定する力(議題設定力)」こそが、政治を動かす鍵となるのです。

ここでは仮に国民民主党(DPP)がその「ハンドル」を握るとして述べていますが、この「アジェンダ乗っ取り型連立」は小党が政策をハンドリングしつつ、政治の実行エンジンは自民党が担うという形式であり、なにもDPPに限定した話ではありません。

アジェンダ乗っ取り型連立という新しい政権モデル

「アジェンダ乗っ取り型連立」とは、連立政権という複雑な政治の舞台において、小規模な政党が「政策議題」を主導し、大政党はそれを実行する「エンジン」に徹するという、新しい政権運営の形を指します。これは、単に議席数が多いという理由だけで政権を主導するのではなく、むしろ、舞台監督のように、どのような演目が上演されるべきかを決定する、いわば「議題設定力」を持つ政党が、政治の主導権を握るという考え方です。

このモデルの最も分かりやすい例として、長年にわたり自民党と連立を組んできた公明党の存在が挙げられます。公明党は、その議席数こそ少数派でありながら、国土交通省という、インフラ整備や地域開発、社会保障制度の維持・拡充といった、国民生活に直結する重要な政策分野において、影響力を行使してきました。公明党は、自民党という巨大なエンジンを、自らが描いた政策の軌道へと導く「ハンドル」を握っていたと言えるでしょう。

この「アジェンダ乗っ取り型連立」の本質は、議席数という「量」ではなく、「議題設定力」という「質」にあります。つまり、どの政策を、いつ、どのように議論し、実現させていくか、という「政治の針路」を誰が、どのようにコントロールするか、という点に、真の政治的権力が宿るのです。公明党の例は、たとえ議席数が少なくても、特定の政策分野における専門性、組織力、そして粘り強い交渉力があれば、政権全体の方向性を大きく左右できることを証明しています。この「議題設定力」こそが、現代の政治において、議席数という目に見える「数」よりも、はるかに強力な影響力を持つ時代が到来しているのかもしれません。公明党との26年間にわたる連立が解消されたという、まさに「劇的な転換点」において、自民党が新たなパートナーを模索する中で、国民民主党(DPP)のような、独自の政策スタンスを持つ政党が、その「ハンドル」を握る可能性を秘めているのです。

DPPが浮上する理由:生活者重視の旗印

2024年の総選挙は、日本政治に新たな勢力図をもたらしました。その中でも特に注目すべきは、国民民主党(DPP)の躍進です。彼らは28議席を獲得し、第4党という確固たる地位を築き上げました。DPPが掲げるスローガンは、「手取りを増やす」「積極財政」といった、現代社会において多くの人々が直面している経済的な不安に直接語りかけるものです。彼らは、経済成長の恩恵がより広く一般の生活者に還元されるべきだと主張し、その具体的な政策として、基礎控除を現在の103万円から178万円へと大幅に引き上げる「令和の所得倍増計画」を公約に掲げています。これは、所得税の負担を軽減し、実質的な「手取り」を増やすことを目指すものであり、中間層や子育て世帯にとって大きな恩恵をもたらす可能性があります。

DPPの浮上を語る上で、党首である玉木雄一郎氏の戦略的な立ち居振る舞いも見逃せません。彼は、「連立参加はしないが、政策が一致すれば協力する」という、極めて現実的かつ柔軟な姿勢を明確に示しています。これは、「是々非々」という言葉で端的に表現される、政策の中身を吟味し、建設的な協力関係を築いていくという、彼らの政治スタンスの核心です。この姿勢は、従来の「野党は反対」という固定観念を打ち破り、自民党との政策的な接点を見出しやすくしています。現代社会における格差の拡大や、経済の不確実性の高まりの中で、DPPが提示する、具体的な生活向上に繋がる政策は、現実的な解決策を求める人々にとって、魅力的な選択肢となっているのです。彼らは、単なるイデオロギー論争に陥ることなく、実質的な政策の実現を通じて、人々の生活を豊かにすることを目指しています。

DPPが影響を及ぼすタイミング:補正予算という交渉の舞台

日本の政治・予算編成過程において、政策協力を申し出る政党は、「補正予算」の編成・審議期に交渉力を発揮する好機を得る可能性が高い。補正予算とは、本予算成立後に経済変動・災害等に対応するための追加措置であり、近年では多くの場合、11〜12月ごろに補正案が編成・閣議決定され、臨時国会で審議されることが多い。ただしこれは慣行的傾向であって、例外も存在する。

この時期は、まさに年末を控え、経済対策や社会保障関連の施策が喫緊の課題となることが多く、政府・与党にとっては、速やかな予算成立が求められます。しかし、公明党が連立を解消し、自民党が単独過半数を失った状況下では、重要な法案、特に補正予算案の成立には、他党の協力が不可欠となります。これは、DPPにとって、自らの政策を政府の政策に反映させるための、絶好の「交渉の機会」となるのです。

ここで、DPPの存在がクローズアップされます。彼らは「政策が一致すれば協力する」というスタンスを明確にしています。ということは、補正予算の編成プロセスにおいて、DPPは自らの政策、例えば「手取り増」に繋がるような減税措置や、子育て支援策の拡充などを、政府・与党に要求する絶好の機会を得るのです。そして、その要求が受け入れられるか否かは、DPPが補正予算案への賛成・反対、あるいは棄権という「票の提供」をどのように判断するか、という点に大きく左右されます。つまり、DPPは、補正予算という、まさに「短期決戦」とも言える予算交渉の局面において、事実上の「政策のハンドル」を握る可能性を秘めているのです。彼らは、自らの議席数以上の影響力を行使できる、まさに「政策決定のキーパーソン」となる可能性を秘めているのです。ただし、現時点では、DPPが政府の経済対策や補正予算案に具体的な政策影響を及ぼしたという事実は、まだ確認されていません。彼らの「政策協力」という言葉が、単なる建前なのか、それとも真に影響力を行使できる段階にあるのか、その真価が問われるのは、まさにこれからです。

「政策と見返り」の取引構造:連立の新しい形

政党間の協力関係、特に連立政権という枠組みにおいては、単なる理念の共有だけでは成り立ちません。そこには、明確な「政策と見返り」という、いわば「取引構造」が存在します。DPPが自民党に対して提示できる「取引材料」は、極めて具体的で、かつ効果的なものです。まず、最も直接的なものとして「票の提供」が挙げられます。衆議院において、自民党が単独過半数を失っている現状では、重要な法案の採決において、DPPの賛成や棄権という判断が、法案の成立・廃案を左右する決定的な要因となり得ます。これは、自民党にとって、政権を維持し、政策を実現するための「生命線」とも言えるものです。DPPは、この「票の提供」というカードを、自らの政策実現のための強力な交渉材料として活用することができます。

次に、「政策協定」という形での取引です。DPPが掲げる「手取り増」、「減税」、「子育て支援」といった、中間層や生活者を重視した政策は、現代社会において多くの人々が望んでいるものです。これらの政策を、政府の経済対策や来年度予算案に反映させることを要求し、その見返りとして、自民党の法案への協力を約束する、という構図が考えられます。これは、DPPが、自らの政策的イデオロギーを、実質的な政策として実現させるための、最も直接的な手段となります。さらに、「予算修正」という形での直接的な影響力行使も可能です。補正予算の編成プロセスにおいて、DPPの政策提案の一部を予算項目に盛り込ませることで、その影響力を実質的なものにすることができます。そして、長期的な視点に立てば、「選挙協力」も重要な取引材料となり得ます。次期衆議院選挙において、自民党とDPPの間で、候補者の調整や、選挙区の棲み分けといった、非公式な協力関係が築かれる可能性も否定できません。

自民党の合理性とリスク:不安定な協力関係の行方

公明党との26年間に及ぶ連立関係の解消という、まさに「歴史的な転換点」に直面した自民党。彼らが、この激動の政治状況を乗り切るために、最も現実的かつ合理的な選択肢の一つは、国民民主党(DPP)をはじめとする小党との協力関係の構築です。公明党という「安定のパートナー」を失った今、衆議院での過半数を確保し、安定した政権運営を行うためには、他党の協力が不可欠です。特に、経済政策においては、DPPが掲げる「手取り増」や「積極財政」といったスローガンは、自民党が推進する経済対策とも、一定の共通項を見出しやすい部分があります。これにより、政策的な「共鳴」という形で、協力関係を深めることが可能です。また、DPPのような中道的な政党との連携は、これまで自民党から距離を置いていた、いわゆる「中道層」や「無党派層」へのアピールに繋がり、支持基盤の拡大にも寄与する可能性があります。

しかし、この「DPPとの協力」という合理的な選択肢には、無視できないリスクも潜んでいます。まず、外交・安全保障政策において、DPPと自民党の間には、依然として隔たりが存在します。DPPが掲げる平和主義的な姿勢と、自民党が重視する「盾」としての防衛力強化との間には、埋めがたい溝があるかもしれません。このような政策的な乖離は、連立政権の安定性を揺るがす要因となり得ます。さらに、自民党の内部、特に保守層からの反発も懸念されます。DPPとの政策協力を深めることは、党内からは「左傾化」との批判を浴びるリスクを伴います。現時点での自民党内の論調を見ると、「DPPと連立を組むべきだ」という明確な声が上がっているわけではありません。むしろ、個別の法案成立や、補正予算編成といった、喫緊の課題に対応するために、「個別政策ごとの協力」を模索するというスタンスが主流のようです。しかし、政治は生き物です。政権の安定と政策実現という二つの目標を両立させるためには、自民党は、DPPとの「ゆるやかな連携」を深めることを、避けては通れない状況に追い込まれています。

DPPの成功条件と限界:仮説の域を出ない「アジェンダ設定」

国民民主党(DPP)が、日本政治の新たな「アジェンダ設定者」として、その影響力を確固たるものにできるのか。その成功の条件と、現時点での限界について、冷静な分析が求められています。DPPが、連立政権という舞台において、実質的な政策主導権を握るためには、彼らが提示する「政策パッケージ」の明確さと、その実現可能性、そして自民党を説得できるだけの「交渉力」が不可欠です。それに加え、党内においては、一枚岩となって、明確な方針を打ち出せる「党内結束力」も、その交渉力を支える基盤となります。そして、彼らが掲げる「生活者重視」という旗印を、国民、特に無党派層に効果的にアピールし、支持を広げる「発信力」も、無視できない要素です。

しかし、現時点において、DPPが「アジェンダ設定」と呼べるような、顕著な政策影響力を政府の政策決定に及ぼしたという事実は、残念ながら確認されていません。彼らの「政策協力」という言葉が、まだ「仮説の域」を出ない、というのが現状の認識です。党首である玉木氏が「連立参加はしない」と明言していることも、彼らが公明党のように、政権の「中核」となることよりも、あくまで「政策協力」というスタンスに留まる可能性を示唆しています。つまり、現段階では、彼らが本格的な「与党化」を目指しているというよりは、特定の政策課題において、自民党との「距離感」を保ちながら、自らの影響力を発揮しようとしている、と見るのが自然でしょう。では、DPPの「成功」を、私たちはどのように測ることができるのでしょうか。その一つの「目安」となるのが、今後の補正予算案や、政府が打ち出す緊急経済対策の策定過程です。DPPの政策要望が、どの程度、これらの政策に反映されるのか。例えば、「手取り増」に繋がるような減税措置や、子育て支援策の拡充が、具体的に盛り込まれるのかどうか。その反映の度合いこそが、DPPの政策影響力を測る、客観的な指標となるはずです。

議席よりも“議題設定権”を握る者が勝つ時代

2025年10月、自民党と公明党による26年にも及ぶ連立関係の終焉は、日本政治に「連立」という言葉の定義そのものを、根底から問い直す、まさに「転換点」をもたらしました。これまでの日本の政権運営は、しばしば「議席の数」、すなわち「数の論理」によって、その安定性が担保されてきました。しかし、公明党という「安定のパートナー」を失った今、自民党は、単なる議席数の確保だけでは、政権を維持することが困難な状況に置かれています。これは、従来の政治構造が、大きく揺らぎ始めていることを示唆しています。このような状況下で、浮上してきたのが、国民民主党(DPP)のような、独自の政策スタンスを持つ政党が、連立政権における「議題設定力」を握るという、新しい連立の形です。

DPPが、公明党に取って代わる「キーストン政党」、すなわち、政権の安定に不可欠な「鍵となる政党」「要となる政党」として、その存在感を発揮できるのかどうか。これは、今後の日本の政治の行方を占う上で、極めて重要な問いとなります。彼らが、自らの掲げる政策を、どの程度、政権運営に反映させることができるのか。その手腕が、これからの日本政治の様相を大きく左右するでしょう。もし、DPPが、その「議題設定力」を駆使し、自民党を政策的な軌道へと導く「ハンドル」を握ることに成功すれば、日本の政権運営は、単に「議席の数」を積み重ねることから、「アジェンダの支配」、すなわち、どのような政策を、いつ、どのように実現させるか、という「議題設定」こそが、政治的権力の源泉となる、新たな段階へと移行することになるでしょう。これは、政治のあり方が、「量」から「質」へと、より洗練され、戦略的なものへと変化していくことを意味します。政策の中身、そしてそれを実行する力こそが、政権の安定と国民の支持を得るための鍵となる時代が到来するのです。

しかし、この「アジェンダ乗っ取り型連立」という仮説が、現実のものとなるためには、いくつかのハードルが存在します。まず、DPP自身が、その「政策立案力」と「交渉力」を、確かなものにする必要があります。そして、自民党もまた、自らの政策理念を守りつつ、DPPのような他党の意見を、どの程度、政策決定プロセスに反映させるのか、その「受け入れ態勢」を整えることが求められます。そして何よりも、有権者、すなわち国民が、このような新しい連立の形や、DPPのような政党の役割を、どのように評価し、支持していくのか。これが、最終的な「審判」を下すことになるでしょう。今後の日本の政治は、補正予算編成や、緊急経済対策といった、具体的な政策決定のプロセスにおいて、DPPの関与度合いが、その「アジェンダ設定」という仮説の真偽を明らかにする、最も分かりやすい「証拠」となるはずです。


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