AIが考えるようになったことで、人間は考えなくてよくなったのか——AIファシリテーション論[#01]

AIに一つの課題を渡すと、関連情報を集め、論点を整理し、選択肢を比較し、結論まで文章にして返してくれる。必要なら、最初の回答に反論させ、計画を修正させ、具体的な実行手順へ落とし込むこともできる。

以前なら人間が数時間、場合によっては数日かけていた知的作業が、短い指示から始まるようになった。文章を書くことだけではない。調査、企画、比較、計画、プログラムの実装など、これまで「頭を使う仕事」と考えられてきた領域へ、AIは急速に入ってきている。

ここでいう「AIが考える」とは、AIが人間と同じ意思や意識を持ったという意味ではない。人間が知的作業として行ってきた情報収集、推論、整理、生成の相当部分を、AIが実用的な水準で代行できるようになったということである。

では、AIが考えるようになったことで、人間は考えなくてよくなったのだろうか。

答えが出ても、問題は終わらない

たとえば、新しいサービスを企画するとする。

AIは市場の状況を調べ、利用者の候補を設定し、競合との違いを整理し、必要な機能や収益の仕組みを提案できる。開発の手順や費用を見積もり、企画書の形にまとめることもできるだろう。

出力された企画書は、文章として十分に整っているかもしれない。論理も通っており、実現可能性も考慮されている。人間が最初から作るより、早く詳しいものができる場合もある。

それでも、その企画書が存在するだけでは、サービスを作るべきかどうかは決まらない。

企画書に書かれた市場は、本当に自分が取り組むべき市場なのか。実現可能だからという理由だけで、時間や資金を投じる価値があるのか。利用者にとって便利でも、すでに別の方法で十分に解決されている問題ではないか。

AIは、これらの疑問についても検討できる。反対意見を作り、リスクを整理し、中止する場合を含めた選択肢を示すこともできる。

しかし、回答が増えるほど、自動的に決断へ近づくわけではない。

最後には、集められた情報を何と照らして評価し、どの可能性を選ぶのかを決める必要がある。AIが作った答えの中から選ぶだけでなく、必要なら最初の課題そのものを見直さなければならない。

答えを作る能力と、その答えを使って何をするかを決める能力は、同じではない。

人間の仕事は、作業の外側へ移る

AIが知的作業を引き受けるほど、人間の仕事は減っていく。少なくとも、情報を集め、整理し、文章として形にするまでの負担は大きく減らせる。

一方で、AIが作業を引き受けるほど、その外側にある判断が目立つようになる。

何について考えるのか。なぜ、それを今考えるのか。どの情報を信頼するのか。何を基準に答えを評価するのか。複数の案が出たとき、どれを採用するのか。そもそも、答えを出すべき問題なのか。

こうした判断もAIに相談できるが、相談の結果を採用するかどうかは、さらに別の判断になる。判断そのものをAIに任せても、その判断を実行し、結果を現実の中で受け取るのは人間である。

AIによって人間の思考が不要になるのではない。人間の思考は、個々の作業を処理する場所から、その作業を選び、組み合わせ、方向づける場所へ移ろうとしている。

人間は何を考えるのか

これまでの知的作業では、人間が問いを立て、情報を集め、答えを作るところまでを一続きに担っていた。AIはその途中へ入り、調査、比較、批判、文章化といった工程を引き受け始めた。

その結果、人間には、これまで個々の作業の中に埋もれていた問題が残される。

何を目指すのか。どの問いを考えるのか。AIの答えを何と照らして評価するのか。複数のAIを使うなら、どのように役割を分けるのか。そして、どこで考えることをやめ、判断して実行へ移るのか。

これらを単に「AIへの指示」と呼ぶだけでは足りない。人間はAIに命令文を書いているだけではなく、AIを含む思考の場そのものを組み立てようとしているからだ。

本連載では、この役割を「AIファシリテーション」と呼ぶ。

AIが考えるようになった時代に、人間は何を考えるのか。AIに任せられることが増えるほど、人間が担うべき仕事はどこへ移るのか。

次回から、目的、問い、複数AIの協働、そして人間による思考の設計という順に、この問題を考えていく。

(了)


深水英一郎

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