トークン化MMFについて

ブロックチェーン技術が金融の世界にもたらす新たな変化の中で、「トークン化MMF(マネー・マーケット・ファンド)」という概念が注目を集めています。これは、伝統的に安全資産とされてきた短期金融商品をブロックチェーン上でデジタル証券として発行し、その運用をスマートコントラクトによって自動化する新しいタイプの金融商品です。

この仕組みによって、従来の金融市場が抱えていた時間的・地理的な制約を超え、24時間365日のリアルタイム決済、迅速な換金、そして透明性の高い収益分配が可能になります。その結果、金融市場全体にこれまでになかった効率性と流動性をもたらし、資産運用のあり方を大きく変える可能性があります。デジタル経済の進展とともに、伝統金融とWeb3技術の境界は次第にあいまいになり、トークン化MMFは未来の金融インフラを形づくる要素のひとつになりつつあります。

トークン化MMFとは? その仕組みと主要な特徴

まず、土台となるMMFそのものから整理します。MMF(マネー・マーケット・ファンド)は、主に国内外の公社債、コマーシャル・ペーパー(CP)、譲渡性預金(CD)といった信用度の高い短期金融商品を投資対象とするオープン型の投資信託です。

最大の特徴は、元本毀損のリスクをできるだけ抑えながら、預貯金よりも高い利回りを期待できる点です。必要なときに解約して現金化しやすいという流動性の高さもあり、証券取引の待機資金などを置いておく「短期資金の置き場」として、個人・機関の双方で広く利用されてきました。日本でも1992年にMMFが登場し、1997年には証券総合口座専用のMRF(マネー・リザーブ・ファンド)が設定されるなど、短期資金運用の受け皿として大きな役割を果たしてきました。ただし、日本国内のMMFは超低金利の影響で新規設定が止まり、2010年代半ばまでにほぼ償還され、現在はMRFなどがその機能を一部担っています。

このような伝統的MMFの「受益権」をブロックチェーン上のデジタル証券として表現したものが「トークン化MMF」です。受益権がトークンというデジタルな形を取ることで、インターネット上での移転・保有・管理がプログラム可能になります。多くのケースではイーサリアムなどのブロックチェーン上で、ERC-20トークンといった標準規格に準拠して発行されます。

トークンの裏側には、米国債や政府機関債、大企業のコマーシャル・ペーパーなど、MMFが通常投資する安全性の高い短期金融資産が組み入れられます。つまり、従来のMMFのポートフォリオをそのまま維持しつつ、その受益権の管理・流通だけをオンチェーンに載せているイメージです。

トークン化MMFの中核となるのが「スマートコントラクト」です。スマートコントラクトは、あらかじめ定めた条件が満たされると自動的に処理を実行するプログラムで、トークンの発行(購入時)、償還(売却時)、収益分配、価格更新などを自動で行います。

これにより、従来の運用プロセスで発生していた手作業や照合作業を大幅に減らし、人為的なミスや遅延、不透明な手数料構造などの問題を減らせます。すべての取引履歴はブロックチェーン上に改ざん困難な形で記録されるため、運用の透明性も大きく高まります。さらに、24時間365日いつでも取引・決済が可能になり、「営業時間」の制約が薄れることで、グローバルな資金移動の効率も向上します。

トークン化MMFはステーブルコインと似た特徴も持ちますが、重要な違いがあります。ステーブルコインは法定通貨(米ドルなど)に価値をペッグし、決済手段としての価格安定性と利便性を重視する一方で、多くのケースでは保有者が直接の利息を受け取ることはありません。

これに対してトークン化MMFは、裏付けとなる短期金融商品から発生する利息収益を投資家が享受できます。利息は、トークンの価格がゆるやかに上昇する形で反映されたり、追加トークンとして配布されたりします。その分だけステーブルコインより価格変動はありますが、MMF自体が安全性を重視しているため、値動きは比較的限定的で、安定した利回りを狙える商品として位置づけられます。決済手段というより、資産形成に使う投資商品としての性格が強い点がポイントです。

現在、世界ではいくつかの代表的なトークン化MMFおよび類似のトークン化短期債商品が登場しています。

Circle傘下のHashnoteが提供する「USYC」は、米国短期国債などを投資対象とするファンドをオンチェーン化したトークン化MMFで、欧州などを中心に機関投資家向けに提供されています。2025年に入ってCircleがHashnoteとUSYCの取得を発表し、ステーブルコインとトークン化MMFを併せて提供する戦略を強めています。

Franklin Templetonの「Franklin OnChain U.S. Government Money Fund(FOBXX)」は、米国の公社債を中心に投資するマネー・マーケット・ファンドで、その受益権を「BENJI」というトークンで表現しています。米国の1940年投資会社法の枠組みの中で運用される、規制準拠型のオンチェーンMMFとして知られています。

BlackRockの「BlackRock USD Institutional Digital Liquidity Fund(BUIDL)」は、2024年3月にローンチされた機関投資家向けトークン化MMFです。Securitizeのプラットフォーム上でトークン化され、米国債やリバースレポ、現金同等物への投資から日次で利息を反映させる構造になっています。ローンチから1年足らずで運用残高が10億ドルを超えたと報じられており、大手機関がトークン化MMFに本格的に参入していることを象徴する事例です。

一方、Ondo Financeの「USDY」やSuperstateの「USTB」は、厳密には投資信託型MMFではなく、短期国債や現金同等物などを裏付けとするトークン化の短期債券ファンド、あるいは短期債券トークンという位置づけです。ただし、実質的には「国債・MMF相当のリターンをオンチェーンで提供する商品」として、トークン化MMFと同じ文脈で語られることが多くなっています。

こうした事例は、伝統的な資産運用会社がWeb3技術を積極的に取り入れ、Web3ネイティブ企業が伝統的資産の信頼性を自社プロダクトに組み込むことで、次世代の金融システムを協調しながら形づくろうとしている現状を示しています。

歴史的背景:なぜ今、トークン化MMFが注目されるのか

トークン化MMFの登場は、単に新しい技術が生まれたからというだけではありません。金利環境の変化や、DeFi(分散型金融)市場の成熟と課題顕在化といった要因が重なり、需要側の条件もそろった結果として出てきた動きです。

日本では1992年にMMFが導入され、1997年にはMRFが登場しました。国債や社債など信用度の高い短期金融商品に限定して運用されるMMFは、銀行預金より高い利回りを狙いながらリスクを抑えたいというニーズに応える商品として、一時期は大きな残高を抱えました。その後、超低金利環境の長期化で日本のMMFは縮小しましたが、「安全性と流動性を重視した短期運用の受け皿」という役割自体は世界の多くの市場で続いています。

米国では、1940年投資会社法のもとでMMFが整備され、金融危機後の規制強化を受けつつも、ホールセール・ファンディング市場や企業のキャッシュマネジメントにおいて重要な役割を担ってきました。流動性と元本の安全性という二つの要件を満たしつつ、短期金利に連動した利回りを提供するという点で、MMFは長く「伝統金融の基本インフラ」のひとつだったと言えます。

この伝統的なMMFの世界に、Web3の視点が強く入り込む転機となったのが、2022年から2023年にかけての急速な利上げ局面です。FRB(連邦準備制度理事会)は高インフレを抑えるために政策金利を短期間で大きく引き上げ、その結果、米国短期国債の利回りは4〜5%台に乗る水準まで上昇しました。

この金利水準は、多くのDeFiプロトコルで提供されていた貸付利回りやイーサリアムのステーキング利回りと同等、あるいはそれ以上の水準です。しかも、国債や政府機関債の信用力は高く、ボラティリティも低いという特徴があります。つまり、「高いスマートコントラクトリスクや価格変動リスクを取らなくても、伝統金融だけで同等以上の利回りが得られる」という状況が生まれたわけです。

この環境変化により、Web3に親しい投資家やプロジェクトの側でも、「オンチェーンのまま国債相当の利回りにアクセスしたい」「DeFiの世界から資金を逃さずに、より安全なリターンにスイッチしたい」というニーズが急速に高まりました。こうしたニーズに応える形で、米国債やMMF、短期債券ファンドの受益権をトークン化してオンチェーンで提供する動きが本格化していきます。

先行事例のひとつが、Franklin Templetonの「FOBXX/BENJI」です。歴史の長い大手資産運用会社が、米国の規制枠組を守りながら受益権をオンチェーンでトークン化したことで、「規制順守型のトークン化MMF」が現実の選択肢になりました。その後、BlackRockがBUIDLをローンチし、世界最大級の資産運用会社がトークン化MMF領域に本格参入したことで、この分野は一気に「ニッチな実験」から「本格的な市場」へと雰囲気が変わりました。

Web3ネイティブなOndo FinanceのUSDYやSuperstateのUSTBのように、投資信託の形式ではないトークン化短期債商品も次々と登場し、国債・MMF相当の利回りをオンチェーンで提供する商品群全体が一つのカテゴリーとして認識されるようになっています。

グローバル市場の規模感をみると、オンチェーンRWA(現実資産)データを集計するrwa.xyzの推計では、2025年9月時点で海外のトークン化MMFの残高は約90億ドル(約1.4兆円、1ドル=155円換算程度)を超えています。この数字は、BlackRockのBUIDLやFranklin TempletonのBENJI、USYCなど、複数の主要なトークン化MMF・短期国債トークンの運用残高を合算した水準です。まだ世界の金融市場全体からみれば小さい規模ですが、立ち上がりから数年でここまで来たことを考えると、成長スピードはかなり速いと言えます。

また、UBSがイーサリアム上で米ドル建てマネー・マーケット・ファンドをトークン化して発行した事例や、JPモルガンがOnyxプラットフォーム上でトークン化MMFを担保とした取引を実行した事例など、グローバルの大手金融機関による実証・実利用も増えています。トークン化MMFは単なる1プロダクトではなく、「オンチェーンでの信用創造と流動性管理」を支える基盤として扱われはじめています。

日本でも、このグローバルな動きに沿う形で議論が進み始めています。Progmatが事務局を務める「デジタルアセット共創コンソーシアム(DCC)」は、2025年10月に「オンチェーン完結型STワーキング・グループ(WG)」の報告書を公表し、その中で「日本版トークン化MMF」の商品組成に向けた検討結果を示しました。

さらに2025年12月には、三菱UFJアセットマネジメント、三菱UFJモルガン・スタンレー証券、三菱UFJ信託銀行の3社とProgmatが協業を発表し、2026年に機関投資家向けの円建てトークン化MMF(TMMF)を提供することを目標に準備を進めると公表しました。将来的には個人投資家向けの商品展開も視野に入れているとされ、日本も本格的にトークン化MMFの実装に踏み出しつつあります。

多角的な視点:トークン化MMFが抱える論点

トークン化MMFは、金融のインフラそのものに関わるテーマです。そのため、「便利そうだ」で終わらせず、規制、技術、市場構造、リスクという複数の視点から整理しておくことが重要になります。

まず規制面です。米国では、Franklin TempletonのFOBXX/BENJIや一部のトークン化MMFは、既存の1940年投資会社法に基づく投資信託として登録され、SEC(米証券取引委員会)の監督下で運用されています。投資家からみると、従来のMMFと同じ法的枠組みで保護を受けながら、トークンとしての利便性(24時間送金やオンチェーン担保利用など)も享受できる構図になっています。

一方で、Ondo USDYのように、MMFではなく私募債やノートの形で構成される商品もあり、商品ごとに法的な位置づけや投資家保護の強度は異なります。規制順守型か、私募中心か、対象投資家が機関に限定されるか、といった点は、商品を評価するうえで非常に重要です。

日本では、金融商品取引法や投資信託及び投資法人に関する法律、信託業法、決済サービス法など既存の枠組みと、ブロックチェーン上のトークン化をどのように整合させるかが課題です。DCCでは「トークン化法・株式STワーキンググループ」も立ち上がっており、投資信託や株式をトークンとして扱う際のルール作りに関する議論が進んでいますが、トークン化MMFに特化した具体的な規制要件や税制上の扱い(利息・分配金・譲渡益の課税方法など)はまだ明確になっていません。この不確実性は、市場拡大のスピードを左右する要因になります。

技術面では、トークン化MMFのメリットがよりはっきりします。トークンとして発行することで、取引はウォレット間の送受信というシンプルな形になり、ブロックチェーン上での即時決済が可能になります。証券保管振替機構や中央決済機関を経由する必要がないため、決済時間とコストを大きく削減できます。また、トークンは極めて細かい単位まで分割できるため、本来は大口投資家向けの商品であっても、小口からアクセスしやすくなる余地があります。

スマートコントラクトによる自動化により、発行・償還・利息分配・価格更新といったプロセスは、条件に従って機械的に処理されます。人手によるオペレーションが減ることで、事務コストとエラーの両方を抑えられます。取引記録がすべてブロックチェーンに残るため、監査やモニタリングも効率化されます。

市場構造の観点から見ると、トークン化MMFは機関投資家向けDeFiの「入り口」としての性格を持ち始めています。たとえば、米ドル建てのトークン化MMFを担保として差し入れ、オンチェーンで短期の資金調達やレポ取引を行うといった使い方です。JPモルガンのTokenized Collateral Network(TCN)では、BlackRockのマネー・マーケット・ファンドの受益権をトークン化し、オンチェーンで担保としてやり取りする実証が行われています。

また、トークン化MMFや短期国債トークンは、DeFiプロトコルの中で担保資産として使われ始めています。より安全性の高い担保が増えることで、DeFi全体のリスク構造にも影響が出てきます。将来的には、トークン化MMFを裏付け資産とするステーブルコインや、それを再パッケージングした新しい金融商品など、「オンチェーンの信用創造」の形態が多様化していく可能性があります。

その一方で、リスクも無視はできません。規制の不確実性は、急なルール変更や規制強化によって市場が縮小する可能性を常に含みます。技術面では、スマートコントラクトのバグや脆弱性、オラクル(価格情報をオンチェーンに渡す仕組み)の不具合、ブロックチェーン自体の障害やハッキングのリスクがあります。

さらに、MMFであっても裏付け資産である国債やCPの価格は金利変動によって上下するため、トークン価格が完全に固定されるわけではありません。市場参加者が急激に解約に走った場合には流動性リスクも顕在化します。発行体の信用リスクや、円建てではなくドル建てのトークン化MMFに投資した場合の為替リスクも考慮が必要です。

トークン化MMFを評価するときは、「従来のMMFと同じリスクに加えて、ブロックチェーン特有の技術リスク・運用者リスク・規制リスクが積み上がる構図になっている」という前提に立ち、それぞれの要素を分けて見ることが重要になります。

社会への影響:金融システムにもたらす変革

トークン化MMFの影響は、投資商品の選択肢が増えるというレベルを越えて、金融システムの構造や、金融サービスへのアクセスのあり方にも広がっていきます。

まず、効率性と透明性の向上です。従来の証券決済では、取引成立から実際の受け渡しまで数営業日かかることが一般的で、その裏では複数の仲介機関が関与し、照合や記録の更新を行ってきました。トークン化MMFでは、ブロックチェーン上のトランザクションがそのまま決済・移転の記録になります。条件を満たした瞬間にスマートコントラクトが処理を実行できるため、決済時間は数分から数十秒レベルに短縮されます。

これによって、運用側はキャッシュポジションをよりタイトに管理でき、余剰資金をほぼリアルタイムに最適化して運用することができます。人的なオペレーションコストも減り、監査やコンプライアンスのためのチェックも自動化しやすくなります。すべての取引が記録として残るため、不正の検出や事後検証もしやすくなります。

次に、金融包摂への影響です。トークン化MMFは、理論的には「トークンを保有できるウォレットさえあれば参加できる」構造を持っています。実際にはKYC/AMLの要件があるため完全に自由というわけではありませんが、少なくとも技術的には、銀行口座や証券口座に縛られないアクセスモデルを構築できます。

また、トークンが細かく分割可能であることから、大口投資家向けの商品であっても、小口での参加を設計しやすくなります。新興国や銀行口座を持たない層に対しても、規制とインフラが整えば、短期安全資産へのアクセスを提供できる余地があります。この点は、世界的な金融格差の是正や、ドル建て安全資産へのアクセスの民主化という観点でも重要です。

伝統金融とWeb3の融合という意味でも、トークン化MMFは象徴的な存在です。短期の米国債や政府機関債のような保守的な資産クラスが、最先端のブロックチェーン技術と結びつき、安定性とプログラム可能性を同時に持ち始めています。BlackRock、Franklin Templeton、UBS、JPモルガンなどの大手金融機関が、トークン化MMFや関連プラットフォームに実際のリソースを投じている事実は、この動きが一過性ではなく、中長期的な戦略の一部として位置づけられていることを示しています。

ステーブルコインとの関係も変わりつつあります。これまでのステーブルコインは、多くの場合「無利息のデジタルドル」として機能してきましたが、高金利環境では「なぜその利回りを誰が享受しているのか」という問いが強まります。トークン化MMFは、裏付け資産の利回りを投資家側に還元する構造を持つため、「利回り付きの安定資産」というポジションを取りつつあります。

今後、ステーブルコインの裏付け資産としてトークン化MMFが使われれば、ステーブルコイン利用者に対しても何らかの形で利回りを還元する仕組みが検討される可能性があります。そのとき、ステーブルコインとトークン化MMFは、決済と運用を相互に補完する関係として再設計されていくかもしれません。

数字で見る現在地と未来:市場規模と今後の展望

トークン化MMF関連市場の数字を見ると、この分野がどの程度まで立ち上がってきているのか、そしてどの方向に伸びていきそうかが見えてきます。

オンチェーンRWAの集計サイトであるrwa.xyzのデータを基にした報道によると、2025年時点で、海外におけるトークン化MMFの市場規模は90億ドル(約1.4兆円)を超えています。ここには、BlackRockのBUIDL、Franklin TempletonのBENJI、USYCなど、複数のトークン化MMF・短期国債トークンの運用残高が含まれています。数年前はほぼゼロだったことを考えると、短期間でかなりの水準まで積み上がっていることが分かります。

トークン化MMFやトークン化国債の残高自体は、世界中の株式や債券の総額と比べればまだごく一部に過ぎません。しかし、重要なのは「どの資産クラスがどの順番でオンチェーン化されていくのか」という点です。国債やMMFは、安全資産かつ短期資金の受け皿であり、金融システムの中で日常的に大量の残高が動いている領域です。ここがオンチェーンに乗り始めているということは、「金融インフラとしてのブロックチェーン」という視点から見ても、大きな意味があります。

将来の市場規模に関する試算として、IBS Intelligenceなどが引用する調査では、トークン化MMFがDeFiの担保資産として活用される市場機会は、2031年までに約480億ドル規模になりうるとされています。これは「全トークン化MMFの残高」そのものではなく、「DeFi担保として利用される部分のポテンシャル」に関する試算ですが、オンチェーンの信用取引やデリバティブ取引の基盤として、トークン化MMFがどれだけ重要な役割を担いうるかを示しています。

個別商品ベースでも、数字は徐々に明らかになりつつあります。BlackRockのBUIDLはローンチから1年未満で運用残高10億ドルを超えたと報じられており、単一ファンドとしてもかなりの規模になっています。Ondo USDYやSuperstate USTBも数億ドル規模の残高を持つとされ、Web3ネイティブ側からの資金も順調に流入しています。

日本の動きに目を向けると、三菱UFJアセットマネジメント、三菱UFJモルガン・スタンレー証券、三菱UFJ信託銀行とProgmatが発表した取り組みでは、2026年に機関投資家向けの円建てトークン化MMF(TMMF)の提供を目指すとされています。具体的な目標残高や商品設計の詳細はまだ公表されていませんが、日本の大手金融グループが正式に「トークン化投資信託の商品化」に踏み込んだことは、アジア地域全体のオンチェーン金融の動きを加速させる可能性があります。

将来の展望については、不確実性も多い一方で、いくつかの方向性は見えてきています。ひとつは、市場規模の拡大です。機関投資家がオンチェーン財務管理や流動性配分戦略に本格的に乗り出し、DeFiと伝統金融が相互接続されていくなかで、トークン化MMFは「安全資産としてのハブ」として位置づけられていく可能性があります。

もうひとつは、規制の整備です。米国では既存の枠組みの中でトークン化MMFが位置づけられつつありますが、日本を含む他の国・地域でも、投資信託のトークン化を前提にした明確なルール作りが進むかどうかが鍵になります。日本では、DCCの「トークン化法」関連の議論や、金融庁などの当局によるガイドライン策定が、今後の流れを左右することになるでしょう。

技術面では、スマートコントラクトの監査やフォーマル検証、複数チェーン間の相互運用性(クロスチェーン)、ゼロ知識証明を用いたプライバシー確保などが、トークン化MMFの利用体験と安全性を左右する要素になります。これらが安定して実装されれば、ユーザー側は従来の金融商品と同じか、それ以上にスムーズな体験でトークン化MMFを利用できるようになるはずです。

日本の取り組み:円建てトークン化MMFの課題と可能性

日本版トークン化MMFに関しては、まだ多くの情報がオープンになっていません。ただ、公開されている範囲からでも、いくつかの論点が見えてきます。

第一に、商品設計の問題です。三菱UFJアセットマネジメントなどが検討している円建てTMMFでは、どの資産を裏付けとするかが決定的に重要です。日本国債、CP、CDといった円建ての短期金融商品を中心に組成するのか、外貨建て資産を組み入れるのかで、リスク・リターンの性質は大きく変わります。また、金利水準が低い円建て資産だけでどこまで魅力的な利回りを出せるのか、あるいは為替ヘッジを前提に外貨建て資産を組み込むのかといった設計も論点になります。

利息配分の方法も設計が分かれるポイントです。トークンの価格を少しずつ上げていく方式にするのか、追加トークンで配当するのか、日本円での現金分配を併用するのかによって、投資家の利用感はかなり変わります。日次配当なのか、週次・月次なのかといった頻度も含め、現時点では具体的な情報は出ていません。

第二に、規制・税制の課題です。日本では、投資信託の課税は分配金や譲渡益に対して既に枠組みがありますが、トークン化された場合にどのような取り扱いになるのかは、まだ詳細なガイダンスがありません。源泉徴収の方法、損益通算の可否、ステーブルコインや他のトークンとの交換時の課税タイミングなど、実務上の論点も多く残っています。

さらに、ステーブルコイン規制や「トークン化法」の議論の中で、トークン化MMFがどのような位置づけになるかも重要です。たとえば、一定の要件を満たすトークン化MMFをステーブルコインの裏付け資産として認めるのかどうか、あるいは投資信託トークンとして固有のカテゴリーを設けるのか、といった点です。国際的な規制調和も意識しながら、国内のルールをどう整えていくかが問われています。

第三に、情報開示と透明性です。海外のトークン化MMFでも、運用残高(AUM)やポートフォリオの詳細、リスク指標の開示はまだばらつきがあります。日本版トークン化MMFを設計する際には、従来の公募投信と同等か、それ以上に分かりやすい情報開示を行うことが信頼確保の前提になります。

最後に、個人投資家への展開です。現在アナウンスされている円建てTMMFは、まず機関投資家向けが対象とされていますが、将来的には個人向け展開も検討するとされています。個人向けに開く場合、わかりやすいリスク説明、投資経験や資産状況に応じた勧誘ルール、KYC/AMLを含む本人確認プロセスの設計など、考えるべき点は多くなります。

日本としては、海外のトークン化MMFの事例や、国内のMMF・MRFの歴史から学びつつ、「円建てであること」「個人投資家が多いこと」「独自の規制文化があること」といった自国の特徴を踏まえた設計が求められます。

FAQ

Q: トークン化MMFとは具体的にどのような金融商品ですか?

トークン化MMFは、従来のMMFが保有してきた安全性の高い短期金融商品(米国債、公社債、コマーシャル・ペーパーなど)への投資から生じる受益権を、ブロックチェーン上のトークンとして表現した金融商品です。運用や利息分配、発行・償還などはスマートコントラクトによって自動化され、24時間365日のリアルタイム決済や、高い透明性を備えた収益分配が行われます。

Q: 従来のMMFとトークン化MMFは何が異なりますか?

両者は投資対象となる資産やリスク・リターンの基本的な性質は近い一方で、「受益権の表現方法とインフラ」が大きく異なります。従来のMMFは証券会社や銀行の口座を通じて取引し、受益権はオフチェーンの記録として管理されてきました。トークン化MMFでは、同じようなポートフォリオを持ちながら、その受益権をトークンとしてブロックチェーン上で管理し、スマートコントラクトを通じて発行・償還・分配を自動化します。その結果、仲介業者の数やオペレーションが減り、リアルタイム決済やオンチェーン担保利用といった新しい使い方が可能になります。

Q: トークン化MMFはステーブルコインとどう違いますか?

ステーブルコインは法定通貨に価値を連動させることで、価値の安定と送金の利便性に特化した設計がされています。一方で、多くのステーブルコインでは保有者が直接利息を受け取ることはなく、裏付け資産からの利回りは発行体側に残る構造です。トークン化MMFは、国債や短期金融商品から生じる利息を投資家側に還元する点が決定的に異なります。価格変動は完全には抑えられませんが、その代わり安定した利回りを狙うことができ、決済手段というよりは運用商品としての性格が強くなります。

Q: なぜ今、トークン化MMFが注目を集めているのですか?

背景には、米国の急速な利上げにより短期金利が大きく上昇したことがあります。これにより、DeFiのレンディング利回りやステーキング利回りを、はるかに安全性の高い国債やMMFが上回る局面が生まれました。Web3の投資家やプロジェクトの側から見ると、「オンチェーンのまま国債相当の利回りにアクセスしたい」というニーズが強まり、その解決策としてトークン化MMFが適していたためです。同時に、BlackRockやFranklin Templetonなど大手がこの領域に参入したことで、「実験」から「本格事業」へと認識が変わり、注目度が一気に高まりました。

Q: トークン化MMFに投資する主なメリットは何ですか?

一つは、効率性と透明性です。スマートコントラクトによる自動化とブロックチェーン上の記録により、決済時間の短縮やオペレーションコストの削減、取引履歴の可視化が進みます。もう一つは、短期安全資産へのアクセスが柔軟になることです。ウォレット単位での管理や細かい分割保有が可能になり、さまざまなプラットフォーム間での資金移動が容易になります。さらに、従来のMMFと同様に利息収益を狙えるため、「安定性」と「利回り」を両立させたいニーズに応えやすい点も魅力です。

Q: トークン化MMFにはどのようなリスクがありますか?

基本的には、従来のMMFが抱えるリスク(裏付け資産の価格変動、信用リスク、流動性リスクなど)に加えて、ブロックチェーン特有のリスクが上乗せされます。具体的には、スマートコントラクトのバグや脆弱性、オラクルの不具合、ブロックチェーンネットワークの障害やハッキングなどです。また、各国の規制がまだ固まり切っていないため、ルール変更や規制強化の影響を受ける可能性もあります。円建て以外の商品に投資する場合は為替リスクも無視できません。商品ごとにリスクプロファイルはかなり異なるため、ホワイトペーパーや開示資料を確認することが重要です。

Q: 日本でのトークン化MMFの具体的な取り組み状況はどうなっていますか?

日本では、Progmatが事務局を務める「デジタルアセット共創コンソーシアム(DCC)」が、2025年10月にオンチェーン完結型デジタル証券WGの報告書を公表し、その中で「日本版トークン化MMF」の商品組成の方向性を示しました。これを受けて、三菱UFJアセットマネジメント、三菱UFJモルガン・スタンレー証券、三菱UFJ信託銀行とProgmatの4者が協業を発表し、2026年に機関投資家向けの円建てトークン化MMF(TMMF)の提供を目指すことを明らかにしています。現時点では、具体的な商品内容や税制の扱いなどはこれから詰められていく段階です。

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