OpenAIの新しいAIブラウザ「Atlas」を使ってみて拍子抜けした。
AIという言葉を冠しているからにはさぞすごいんだろうと思って触ってみたものの、別に言うほどすごくない。たしかにちょっと便利だけど。AI特有の機能はまだ少なく、Computer-Using Agentによる動作もぎこちない。ChromeやSafariの快適さに慣れた目には、どこか「未完成の実験装置」に見える。
未完成でもとりあえず出してしまうこと自体に意味があったのでは、とすら思えてくる。
もしかして、もしかしてだけどOpenAIはもっと先を見据え、あえて早めにAIブラウザを出すことで、ブラウザの圧倒的なシェアを持つGoogle Chromeを挑発しているのかもしれない。
AIブラウザというのは、人間とコンテンツのあいだにAIがいる構造だ。
人間がページを閲覧しているとき、AIも同時にそれを読み込み、文脈を理解している。
わたしたちが指示すれば、ブラウザに表示されたコンテンツを好みの形に変えて読むことができる。
今はまだテキスト要約や翻訳が中心だが、近いうちに音声解説や映像解説への変換もできるようになるだろう。つまり、ひとつのコンテンツを起点に、それぞれのユーザーが理解しやすい形へと自在に変換してくれるようになる。わたしの妄想も多少含んでいるが、それがAIブラウザの面白さ、便利さなんだと思う。
今はまだ「元のページを見ながら別窓でAIと会話する」という形だけど、そのうち「最初からAIが最適化したページを見たい」という要望が出てくるはずだ。
そうなると、元のページを「直接」見る人はだんだん少なくなっていく。自分が理解しやすい形に加工してもらったほうが、わかりやすいからだ。
自分の好きなコンテンツの見方、加工の仕方をあらかじめ決めておけば、閲覧の自由度は上がるし、理解も早くなる。
しかもこれは“読む”だけの話ではない。
Webページ上で行う「作業」もAIに任せられるようになる。
たとえば気に入った商品があったとして、「これを購入しておいて。支払いはいつものやつで」と言ってAIに頼めるようになる。
さらに言えば、「このサイトから私が好きそうなジャケットの候補をピックアップしておいて」とか、「年末セールの特別サイトの中から、私が欲しかったものだけ抽出しておいて」といったこともできるようになる。
私たちはECサイトの膨大な商品リストを眺めることなく、自分好みのリストから選ぶだけでいい。
ショップ側の「これを売りたい」が入り込む余地はなくなり、私たちはノイズのない状態で商品を選べるようになる。
NetflixやAmazon Prime Videoのサイトも象徴的だ。今のオンデマンド動画のトップページはあまりにも不便に感じる。
見終わった番組も、興味のない番組も、毎回トップページにごちゃまぜで表示され、わかりにくいったらない。
しかしAIが間に入って整理してユーザーの好みにあわせて加工してもらえば、自分好みの形で番組リストをみることができる。
見終わった番組をリストから外すことも、Netflixオリジナルばかり並ぶトップ画面から抜け出すこともできる。サイト側がみせたい形から自分のみたい形へと自在にコントロールすることができるのだ。
AIが検索結果を要約し、文脈を理解し、代わりに読む。
こうなると私たちはもう「ブラウジング」していない。
AIが読み終え、解釈したものを、自分用に加工して受け取っている。
OpenAIの新しいブラウザ「Atlas」の狙いは、この行動変化をうながすための発火点なのだろう。
そして、そうなったとき、そこに「広告」の居場所はない。
GoogleがChromeを真っ先にAIブラウザ化しないのは、きっと広告という錨があまりにも重いからだ。
Googleの売上の8割は広告と言われている。しかも先日の発表によると広告の売り上げがさらに伸びている。まさに広告モデルの会社だ。
しかしChromeが完全にAI化すれば、広告は徐々にユーザーの目から遠ざかり、あえて広告を見たいという特殊な人しかいなくなる。ほとんどの人に広告は届かなくなる。
つまり、Google自身のブラウザによって、Googleのビジネスモデルを崩壊させてしまうことになるのだ。
Atlasを少しでも早く出す狙いは、コンテンツと人との間にAIが入ることによる快適さをより多くの人に体験してほしいから。そしてその便利さ、快適さが徐々に伝わることによって、Google ChromeもAI化が望まれるようになる。
OpenAIの狙いはそこにあるのではないだろうか。
深読みしすぎかもしれないが、既存のブラウザのAI化が早まれば早まるほど、広告に依存してきたGoogleやMetaの力を奪うことになる。
AI検索の登場はGoogleを震え上がらせ、ついには従来の検索を捨ててついにAI検索への大移行がはじまった。
まさにAIに背中を押される形での移行だった。
今度はブラウザでも同じことが起きるのではないだろうか。
AIブラウザの快適さを知るユーザーが増えれば、ChromeもAI化せざるを得なくなる。
Googleは再びAIに背中を押され、自社のビジネスモデルを破壊しかねない大きな変化に挑むことになるだろう。
これまでのブラウザはユーザーが直接コンテンツを見ていた。
AIブラウザは、AIがコンテンツと対峙し、ユーザーはその先を受け取る。
そこに、広告が入り込む余地はない。
そうなったら、OpenAIがブラウザで覇権を握る必要性は低くなる。
ただ、「AIが人間の前に立つ」という新しい常識を世界に慣れさせたいだけだ。
大切なのは、「AIが先に読む」ことが当たり前になること。
その結果として広告モデルが徐々に崩壊し、人に直接見せるための広告が消えていく。
きっと、OpenAIが蒔いているのは、Attention Economy(注意を奪い合う経済)からInference Economy(推論経済)への文化的シードなのだ。
いま、このファーストインプレッションがややしょぼかったブラウザを起点として、ブラウザの世界が変わりはじめるとしたらとても面白いと思う。