真空は冷たい場所ではありません。正確には、熱を運んでくれる媒質が存在しない場所です。
「宇宙にデータセンターを置けば、真空だからいくらでも冷える」こうした発想を目にすることがありますが、物理的にはほぼ逆です。
地上のサーバーが冷却できている最大の理由は、空気や水が熱を運び去ってくれるからです。ファンによる送風や冷水循環によって、熱は対流という仕組みで外へ逃げていきます。しかし宇宙空間には空気も水もありません。そのため対流も伝導も使えず、残される熱の逃げ道は放射だけになります。

真空でも熱は捨てられる。ただし赤外線として
温度をもつ物体は、必ず電磁波を放ちます。その多くは赤外線で、これを熱放射と呼びます。
真空はこの放射を妨げませんが、特別に冷やしてくれるわけでもありません。
放射によって捨てられる熱量は、物体の表面積と温度に強く依存します。特に温度は4乗で効くため、少し温度を上げるだけで放熱量は大きく増えます。逆に、低い温度を保とうとすると、必要な表面積は急激に大きくなります。
宇宙では、低温を維持するほどコストがかかるという点が重要です。
この感覚は、地上の冷却とは大きく異なります。
「太陽の反対側に捨てる」は環境づくりにすぎない
宇宙放熱の説明で、「太陽と反対側の影に向けて排熱すればいい」と言われることがあります。これは一部は正しい説明です。
影に向けることで、太陽光という強烈な入熱を避けることができます。地球や月からの反射光や赤外線も減らせます。ただし、影に入ったからといって冷えるわけではありません。
影はあくまで「余計な熱を受け取らない条件」を整えているだけで、実際に熱を捨てる手段は放射に限られます。
現実的な設計では、太陽側に遮光板を設け、その裏側に大きな放熱板(ラジエータ)を展開します。放熱板は常に太陽を避ける向きに姿勢制御され、赤外線として熱を宇宙空間へ放出し続けます。
数字で見る、宇宙データセンターの放熱
ここで、一般的なAIデータセンターをそのまま宇宙に持ち出した場合を考えてみます。消費した電力は、最終的にすべて熱になります。対流が使えない宇宙では、その全量を放射で捨てなければなりません。
一つの現実的な想定として、放熱板の表面温度を摂氏80度程度まで許容し、太陽光は遮光板で遮り、深宇宙に向けて赤外線を放射するとします。放射率を0.9程度とすると、1平方メートルあたりに捨てられる熱は約800ワットになります。
この条件で単純に計算すると、消費電力10メガワット級のAIデータセンターでは、必要な放熱面積は約1万2600平方メートルになります。これは一辺が110メートルほどの正方形に相当します。
50メガワットなら約6万3000平方メートルで一辺250メートル程度、
100メガワット級では約12万6000平方メートルとなり、一辺は350メートルほどに達します。
しかも、これは放熱板の片面だけで宇宙に向けて放射する場合の数値です。
宇宙データセンターの主役は何か
この計算が示しているのは、宇宙データセンターの主役がサーバーではない、という点です。
支配的になるのは、どれだけの熱を、どの温度で、どれだけの面積から捨てられるかという問題です。
地上では、床面積や電力容量がスケールの制約になります。
宇宙では、放熱板の面積とその向きがスケールを決めます。
真空は冷却の味方ではありません。ただ、赤外線の通り道を邪魔しないだけです。
宇宙で計算を行うということは、計算能力の話である以前に、熱をどうやって宇宙に捨て続けるかという工学的な課題に向き合うことでもあります。
(了)

小学生のとき真冬の釣り堀に続けて2回落ちたことがあります。釣れた魚の数より落ちた回数の方が多いです。
テクノロジーの発展によってわたしたち個人の創作活動の幅と深さがどういった過程をたどって拡がり、それが世の中にどんな変化をもたらすのか、ということについて興味があって文章を書いています。その延長で個人創作者をサポートする活動をおこなっています。